<<NIKKEI BP NET 財部誠一の「ビジネス立体思考」>>2011年12月13日より
■日本のベンチャーを誘致する韓国、育てられない日本
2011年12月16日、ダブルスコープというテクノロジーベンチャーが東証マザーズに上場する。リチウムイオン2次電池のセパレーターの量産に成功したベンチャー企業だ。12月決算の同社は2010年決算で売上高16億8618万円、経常利益1億2490万円だったが、今年大きく飛躍した。2011年12月期決算では、第3四半期までで売上高24億9192万円、経常利益8億5144万円。売上高は倍増の勢いできている。横浜市での設立から6年目にして上場を果たすことになった。
リチウムイオン電池はもはや私たちの生活から切り離すことができない。携帯電話やデジカメ、モバイルPC等々の電子機器の電池はほとんどリチウムイオン電池だ。グリーンテクノロジーの象徴、ハイブリッド車やEV車(電気自動車)にもリチウムイオン電池が搭載されている。
ダブルスコープが生産しているセパレーターは、素人の目には巨大なサランラップにしか見えないが、高分子フィルムの微多孔膜が電池の正極材と負極材を隔離しつつ、正極と負極間のリチウムイオンの伝導性を良くする。一方で、電池の異常な発熱を防ぐ安全機能も備えている。過去に多くの大企業がチャレンジしながらなかなか実現できなかったハイテク製品だ。
2009年にダブルスコープの工場を取材したことがある。工場は本社のある神奈川県ではなく、なんと韓国だった。ソウルの中心部から車で3時間くらい走った梧倉科学産業団地(Ochang Scientific Industrial Complex)のなかにある。
韓国政府が高い技術をもった外国企業の誘致に積極的だったことは有名で、ダブルスコープのような設立間もないベンチャー企業に対しても破格の条件を与えていた。
■工場の敷地は50年間無償貸与
ダブルスコープの工場を目の前にした時の驚きはいまでも忘れられない。工場の建屋の3倍から4倍はあると思われる、広大な空き地が目の前に広がっていたからだ。じつはこの空地、将来の事業拡大のためにと、韓国側が用意してくれていたものだという。韓国政府が日本企業を初めとする外国企業を誘致するために法人税を免除したり、工業団地の土地使用料を一定期間タダにしてくれるという話は有名だが、拡張用の土地まで無償で貸してくれていた。
リチウムイオンニ次電池用セパレーターは全世界でもごくわずかな企業しか量産できない、複雑な工程を要する製品だ。ダブルスコープのフィルム技術の発展可能性も高い。それを見込んだ上での好条件だったのだろう。 現在、梧倉科学産業団地にある工場の敷地面積は7万6000平方メートルで、15ラインまで増設可能となっている。土地の賃料は「外国人投資地域入居契約」により、原則として50年間無償だ。また2005年の設立から2013年まで現地の子会社は韓国での法人税の支払い義務が免除。免除期間終了後も2014年と2015年は法人税の支払いの2分の1が減免される。2016年以降は通常通りになるが、それでも韓国の実効税率は22%だから、日本と比べれば半分だ。
ベンチャー企業にとってこれほどありがたい環境はなかっただろう。日本では上場確実となると資金提供を申し出る連中が山ほど出現するが、技術と志だけで持ちこたえているアーリーステージのベンチャー企業に資金支援してやろうという土壌が日本にはない。
■リスクマネーを提供した株主
いかに素晴らしい技術のシーズを持っていても、それを製品化して収益を生み出すまでのプロセスをいかにして切りぬけるか。リスクマネーの存在なしに、アーリーステージの突破は不可能だ。工場を建設し、生産設備をとりつけ、出来上がった製品を販売して代金を回収するまで、ベンチャー企業は企業としての体をなしていないのだから。
ダブルスコープには起業当初から神奈川県のTNPパートナーズというベンチャーキャピタルが支援し続けた。だがダブルスコープの技術が初めから評価され、株式公開が確実だったわけではない。社長の崔元根はホームページの「トップメッセージ」のなかでこんな記述をしているので引用する。「私たちがセパレータを開発し生産しようとした時、多くの専門家は私たちの成功を信じてはいませんでした。それは、当時、莫大な投資と多くの人材を擁して挑んだ多くの大企業も成功しなかった分野だったからです。しかし、私たちは成し遂げました。この結果はお客様、株主様からの信頼、ご支援以外の何ものでもありません」
ここでいう「株主」とはまさにリスクマネーの提供者たちだ。本当にものになるのか、ならないのか。そのぎりぎりのところで、彼らのテクノロジーを信じてアーリーステージを支えてくれた資本があったからこそ、今日のダブルスコープがある。
■乱立した特区は成果を生み出したのか
しかしあらためて痛感するのは、ベンチャー育成を国中で騒ぎたててきた日本社会のリアリティのなさだ。本気でベンチャー企業を生み、育てたいと考えるなら韓国に負けないベンチャー育成の環境を整えればいい。だが残念ながら、日本は絶望的だ。
例えば小泉政権以降、日本は「特区」ブームとなった。全国に山ほど特区ができたが、その成果を私は聞いたことがない。日本では作ること自体が目的化し、中途半端な特区が乱立した。しかも結果の検証は一切ない。
世界でも希少なリチウムイオン2次電池のセパレーターの量産技術を確立したダブルスコープを育んだのは神奈川の独立系ベンチャーキャピタルと韓国の投資優遇措置だったといっていい。
土地7万6000平方メートルを50年間、無償貸与。2005年の創業から2013年までの8年間、法人税も免除だから、その気になれば稼いだ利益のすべてを研究開発費にも設備投資にも回すことができる。創業まもないベンチャー企業にとってこれほどありがたい措置はないだろう。
その他の租税減免措置もあるうえに、外国の投資家には投資金額の5%以上の現金支援をするといった優遇措置もある。日韓のどちらで生産した方が合理的なのか。その差は歴然だ。12月7日、東北の被災地再生のための復興特区法が成立した。だがそこには世界から東北に直接投資を呼び込もうという大胆な発想はまるで見えない。グローバルな視点に立った特区構想をぜひ追加してもらいたいものだ。